歴史の授業が変わる?

学習指導要領の大幅改訂
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000237879.html

自分は日本史に夢中になれなかったナーって雑記
http://kiyonagi.jp/?p=842
※偶然にして同時期にこんな記事を書いてるが全然教育業界の動向は知らなかった。

あらためて考える。
「歴史総合」で近現代史を俯瞰で学んだあと、「日本史探求」「世界史探求」「地理探求」を選択していくらしい。

良い取り組みかなと思った。この意味は2つあって、1つは学習指導要領は固定観念、既成概念、既得権益みたいなので埋め尽くされているイメージで、本件改訂がどう転ぶかは別として大きな変革の一歩になるんじゃないかなと。時代は変わるのに学びが変わらないってのはやっぱりおかしかったわけだから、言葉は悪いが試行錯誤するのはいいよね。
結果、失敗の世代になってもいいじゃん。
俺も「ゆとり世代」とか言われたけどそうやって人間を一括りにしてラベリングする奴のことは、「あぁ、かわいそうに」としか思わなかった。

もう一つは、全員が全体的に同じ内容をうっすら理解するより、専門性を磨いたほうがインターネット社会っぽいということ。インターネット社会ってのは、1億人が手の平にデバイスを持ち歩いてるから「事実はもう覚えなくていいんじゃないか」ってこと。てめぇの頭で覚えた「事実」には情報価値がない。一方で、専門性を磨いてニッチな領域の一番深いところで「これってなんでこうなったんだろ?」と疑問を持つことは、まだ人類がたどり着いてない答えを見つける可能性になる。それは必ずしもアカデミックなキャリアを目指すという意味でもなくて、ネットの記事にしてしまって全ての知をインターネットに置いてくれと思っているのです。

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