チェーンオペレーション至上主義

そう、僕のことです。カレーならココイチ、イタリアンならサイゼリヤ、洋食ならガスト、和食なら大戸屋、寿司ならスシロー、、、あげればきりがないわけだが、結局こうしたチェーン店が一番うまい。

かといって、3万円の高級フレンチや値札のないお寿司屋さんを認めないわけじゃない。それはそれでもちろん絶品に違いない。

だが、チェーン店であれば3000円で済むところを、高級料亭で10倍の3万円を要したからといって、10倍の美味しさを感じるかと言えばそうでは決してない。せいぜい1.5倍程度だろう。そもそも味覚を何倍だとか定量的に比較しようとすること自体に不確実さがあることは認める。

だけど、僕は基本的にデータを信頼している。データの信頼性は数だ。数がすべて。多くの人は馬鹿にするわけだが、チェーン店は膨大なデータを持っている。少しボールの握りを変えて変化を加えるだけで、消費者は正直だから消費行動に現れる。そうやって大衆の好みをデータで把握しているわけだから、一番強いに決まっている。

どうやら多くの一般ピーポーは、安いモノ=そこそこ、高いもの=美味しいというステレオタイプに染まっているように見える。そんなわけがない。データがモノをいう時代。

多くの人の舌に触れて改善を繰り返しているものこそが一番おいしいのであって、せいぜい1日10組しかおもてなしできないような高級料理がそれを上回るわけがないのである。量こそ品質、どれだけ多くの人に触れてきたかが一番大事。逆に世間の0.1%程度のVIPが高級フレンチを認めたからって、全く信用に値しない。ちょっとお金をかければ美味しいのは当たり前だし、むしろ美味しくなければならないというバイアスが脳を狂わせている可能性すらある。

サイゼリヤ・ガスト・スシロー・吉野家・マクドナルド。
これが至高という理解で大丈夫。何も恥ずかしくない。この先は、10倍の値段を払っても美味しさは1.5倍程度だ。金持ちの道楽に過ぎない。

金持ちの道楽それ自体を否定する意図はない。勝手に楽しめばいい。俺もそういう目線で楽しむから。

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