レベル感、予算感、規模感、温度感。
こうした言葉に敏感になりすぎて、たまに出てくる 安心感 とか 期待感 といったマトモな使われ方に対しても一瞬「っ!」と反応しかけてしまう。
大人は子供の流行り言葉を揶揄するが、大人だって大概だ。
ビジネスシーンは、こうした曖昧さを含む表現を好む傾向にある。
「〇〇等」も同じ。「ご連絡等いただけたら」みたいな。連絡「等」って何?
連絡以外の具体的な方法があるの?手紙?伝書鳩とばすよ?
こうした言葉を使っちゃいけないわけではないが、ビジネスシーンにおいて曖昧さは、毒にも薬にもなる。「思います」もそう。「たぶん」「おそらく」もそう。
これらの弊害は、言い切らない表現に慣れきってしまうと判断しない・決断しない 癖がついてしまうこと。
〇〇感、〇〇等は、相手に対して「類推すること」を強要する。すると発信者は漏れなく情報を伝えることをサボるようになる。
1言って10理解するのは受け手側の努力姿勢であって、逆に発信者のマインドとしては、10言って1しか理解してもらえないつもりの心構えがちょうどよい。
同じような過去記事。狙ってかぶせていくのはOKだが、意図せず似たようなことを書いてしまうと心底自分にがっかりする。
101回いいねを押したいくらい、同感です。
いやだなぁと思うと同時に「私も気をつけないと」と、ちょっと神経質なくらい推敲してしまうこと多々です。
やたらと「認識」を繰り出す人も、ださいなぁと思って見ています。笑