100年時代とリスキリング

最近リスキリングって言いすぎ問題。俺も言いたいから使うわ。

「学び直し」って意味らしいのだが、それがもう腑に落ちない。
自分が天邪鬼なのかもしれないが、学びというのは、この世に生まれ落ちてからあの世へ召されるまで継続的なものだから、「さて学び直そう」といった感覚がよくわからない。
こちとら何も毎日意識高く勉強せよって言いたいワケでもなくて、日々の生活や娯楽も新しい発見に満ちていれば学びであると定義できると思う。つまり学びというのは発見であると。
生活や娯楽、仕事や仲間から何かを発見することってのは、特別に高い上昇志向や高度な教育が必要とは思えない。

さておき、5年で1兆円を投じて何するのかと思いきや、「DX」、「テクノロジー」、「ITスキル」といった個人の企業戦士としての能力を高める予算らしい。
5年後には「ゆとり教育」以来のバッシング対象になってる気がする。

個人的には、もっとしっかりと生き方の教科書みたいなものを示すことが有用だと思う。
俺たちみたいな臆病者は、そこまで言ってくれないとわからないんだ。
つまり「学校卒業→新卒入社→定年退職→老後」という 昭和・平成時代に作られた生き方の教科書 は、今度はどうなるんですかと。学び直したら、私たちはどうなるんですかと。

たとえば「1つの会社には最大20年しか在籍することができない」という法律にしてしまえばいい。そういうある種の「縛り」みたいなものにはめっぽう強い人種なので、ブツブツ文句を言いながらもしっかり従うのが俺たちだ。

ふわっとした定義の言葉を流行らせるんじゃなくて、新しい教科書をください。

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