個々の仕事に比較優位を持ち出す危険性

比較優位

個々の仕事でよく用いられる例
弁護士は秘書業務にも精通していて、文書作成も秘書より早い。しかし、秘書業務まで弁護士がやると、その時間でこなせる弁護士業務の利益を逃す(逸失利益)。すると弁護士業務の報酬が減り、事務所の経営がうまくいかなくなる。つまり、秘書には秘書業務に比較優位があるわけだ。このように、仕事においてもそれぞれの比較優位を意識することが、個人、そして組織全体の生産性を上げることになる

まさにそのとおり。そのとおりなんだけど、同じ職業で同じ給料で同じ待遇のA氏とB氏で、「A氏が能力が高く、B氏が能力が低いときに、A氏に重要な仕事が集中すること」を比較優位に当てはめてOKなの?

そういう使われ方が多い気がする。
「お前がこれをやって、彼にはこれをやってもらおう、それが一番効率的だ」
いつもレベルの高い仕事を任され、そのプレッシャーと戦い、だけどそれがやりがいになる人もいれば、本当は自分だけが難易度の高い仕事を任されるのを不公平に感じている人もいる。

リーダークラスが、その感情的な面を無視して、「比較優位だからな、がっはっは!」みたいなやつだと、能力の高い人は段々と消えていく。

「○○業務」といったわかりやすい枠組みで採用されている場合には、難易度が高かろうか不公平だろうがそれに従事することが本人の意思にマッチしているんだろうけど、一般職・総合職みたいな枠組みで採用した人の扱いは難しい。いつも万遍なく作業を振れるわけもないし、自分でやりがいを見つける人もいればそうでない人もいるし。

できるだけ“一般職”といった社畜養成っぽい、終身雇用の奴隷っぽい採用をやめていくのがいいのかね。
本当にジョブ型っぽくなれば、採用の時点で期待する業務内容と成果のミスマッチが起きにくいし、そうであれば比較優位を持ち出して個人の仕事の割り振りを考えるのは自然だよね。

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