効率と品質はトレードオフの関係ではない

効率より品質か、品質より効率か、この議論はしたらいけない。

自由競争を前提とした資本主義社会においては、「高い効率性が品質をあげるための条件」だからだ。

効率が悪いのに高品質なモノができたとすれば、それはビジネスではなくアートか趣味か宗教か、はたまた奴隷労働か。

得てして作り手側の現場は、作業効率を優先したい。タスクや仕事が多い状態は身体的にも精神的にも安全ではないからだ。
一方でマネジメント側は、品質を優先したい。最終的な成果物に対する品質責任を持つからだ。
そして、皆が、品質が大事か効率が大事かの二元論をしたがる。
大事なことなのでもう一度書いておきたいが、効率を上げることこそが品質向上につながる。

この二元論のどちらかに正解を見出そうとしていると、たとえば製品の不具合やサービスの失敗が起きたときに「効率を重視して手抜きをした」と見えてしまう場合がある。
見方によっては、「効率を積み上げて99の成功があり、失敗が1つに収まった」と見ることもできるのに。さすれば「さらに効率上げてこの1つの失敗もなくそう」と両者の利害が一致する見解を見出せる。

品質第一の管理職も、効率第一の現場も、みんな真剣でみんないい。
ただひたすらに、自分の正義を相手に振りかざして一刀両断することだけはやめてほしい。

最初から上手なものは作れないので効率よく数をこなして練習をしないといけないことを理解すべきだし、逆に効率よく練習するばかりで上手にならなくても良しとする風潮にはくぎを刺していかないといけない。

漢字ドリルを思い出してほしい。どんなに慎重に書いても最初からバランスの良いお手本のような字は書けなかった。最初から「品質」を追求しても、絶対に上手にはできない。だから、汚くてもとにかく数をこなす必要があったはずだ。
ところが数をこなすだけでは良い感じに力が抜けて速度はあがるもののお手本のようにきれいかといえばそうではない。そこに品質意識が現れる。

だから、量をこなして速度をあげつつ、品質基準を学び反映していく両輪なんだ。どっちが大事とか子供みたいな議論はもうやめよう。

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