お祭りの日は何でもアリなのか

この3連休、街はお祭り騒ぎ。大いに結構。みんなで行事を楽しもう。だがしかし僕にはどうしても理解できないことがある。一言言っておきたい。

良い年をしたダンディな男たちが、酒を飲みながら大声で張り上げて闊歩している。お仲間さんは歩きたばこ。別のお仲間さんは小さい子供を連れている。お祭り封鎖しているわけではない道路の真ん中を我が物顔で歩いてる。後ろから車が来ているが気づいていない。いよいよクラクションを鳴らされタラタラと端によりつつ通り過ぎる車に文句を言ってる。

お前らはいいが子どもはどうなる。お祭りの日なら何でもアリなのか。

イベントに乗じてタガが外れるのは、クセになる。音楽イベントでのセクハラ行為、花火大会での違法な場所とり、優勝騒ぎで川に飛び込む、新歓パーティで未成年搬送。雰囲気にのまれてサル同然。

子どもが小さいうちからそうした姿を大人が見せるものだから、「集団になれば何でもアリだ」を植え付けてしまう。また悪いことに、集団になると個人の判断力が低下する。これはビジネスシーンでもよくあるが、心の底から良いとは思えていないことでも会議の場で誰も反対しなければそのまま決まってしまう的なあれ。集団の意思決定はろくなことがない。

脱線したが、やっぱり大人ってのは架空の生き物だ。子供が作り出した幻想。この世界に子どもが考えるような「大人」はマジで全っ然いない。

そんでもって、こうした行事に参加せず隠れてコソコソ文句言ってる俺のような陰キャが一番ダサい。

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